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リスク回避
私は通勤の際、小学校近くを通るので、通学している小学生に会います。
当たり前ですが、その小学校の通学路には道路があり、そこそこ車が通り、信号があり、信号のところには横断歩道があります。
横断歩道の近くには歩道橋もあります。
朝の通学時間帯にはそこに緑のおばさん(と今でもそういうのでしょうか)も立っています。
この道路を渡らなければならない学童は全員が歩道橋を渡って通学するのです。
全員が歩道橋を渡る学校としての指導が徹底している点ですばらしいと思って毎日見ています。学童の安全を配慮した指導に感服します。
私たちの学童期は交通量も少なかったというべきかどうかはわかりませんが、それでも昭和40年代の経済成長で公害などもあった時代でした。
私の小学校の前には交通量のある道路があり、歩道橋もありました。
でもあまり歩道橋を使わなかったと思います。というよりも歩道橋を避けていました。階段を上るというはいやでしたね(今は好きですが)。
歩道橋ができる以前は信号のある横断歩道だったのですが、歩道橋ができて信号と横断歩道がなくなりました。
当時どうやってこの道路を渡ったかというと、別な信号つきの横断歩道を渡っていました。 校長先生から歩道橋を使えと聴いたこともあったような、なかったような・・・。少なくともほとんど使った記憶がありません。
その道路は横断歩道もあって信号もあるくらいですから、車は行きかっているし、たとえ信号が付いていてもそれなりに注意しないと渡れない道路でした。
リスクとベネフィット、それらを享受する人々、大きなリスクと小さなリスクなどなど・・・。ちょっと考えさせられてしまっています。
腎機能低下
最近新聞で慢性腎疾患をCKDと称して特集したようだ。
CKDでは腎機能を研鑽するのだけれど、MDRDというアメリカの簡易式(腎臓学会でもこれに若干の修正を加えるようだ)を当てはめると、日本人は6割以上が腎機能60%以下でCKDという”病気”になってしまう。
では腎不全(透析)になる人が日本に多いかというと、アメリカと変わらない。いずれの国も透析になる一番多い原因が糖尿病である。
新しい疾患概念が出ると、国民の大多数が病気となってしまう。特にリスクリダクションが治療の手段である疾病では顕著である。
「わかる」技術
畑村さんの「わかる」技術を読んだ。
わかることには要素と校正、テンプレートがあるようだ。
その中で話の上手い、下手の話題があって、興味深かった。
上手い話し手は立体的なのだという。
話の論旨展開にもテンプレートがあるだろうが、テンプレートも立体的なのだろう。面白みというのはこのテンプレートに沿っていながら、「わかる」ことが可能なテンプレートの拡大というか、展開が不可欠と理解した。
この展開が自然にできる人もいれば、苦労してもできない人もいて、解析だけでは終わらない「なにか」が存在するように思える。
明日は明るい
先日勤務の帰りに電車に乗りました。
停車していた電車で座っていた若い男性の携帯電話が鳴りました。ホームにはすでに発車のチャイムが鳴っています。
その男性は電話に出るとすぐに席を立ち、電車から飛び降りて電話に出ました。
電車はすぐにドアが閉まり、発車しました。
その男性は携帯で2,3言話した後に電話を切りました。電車はゆっくりと彼の前を通過していきました。
彼は何のこともないように次の電車をまつ様子でした。
ただそれだけだったのですが、気持ちがすっきりしたというか、明日は明るいな、なんて思ったりしました。
10000
10000という数。
1週間は”分”であらわすと60(分)x24(時間)x7(日)=10080(分)。
1週間って1万分なんですね。
長いようでいて10000分なんて短いなぁ。
では10000日ってどれだけでしょう。
10000(日)÷365(日)=27.397・・・。
1万日というのは約27.4年なんですね。
人間の一生を考えると3万日くらいしかないということになります。
自分の残りの時間も10000日くらいしかないのかと思うと、どうしようもない気持ちになります。
小中学校時代の運動会は”運動オンチ”の自分には良い思い出ばかりではないけれど、リレー選手にもなったりで、楽しいこともありました。お祭りみたいなものですね。
そんなさまざまな思いのある運動会でしたが、良かれ悪しかれ、運動会が終わるときは達成感と後悔の入り混じった気持ちでした。
運動会がもっと長く続いてくれたら・・・。でも終わってしまう・・・。必ず終わってしまう・・・。
どうせ終わってしまう”お祭り”だから楽しく過ごそうなんて普通は思うのですが、もし運動会が一生に”1度”しかないとしたら、楽しんでいこうというだけでは済まないですね。勿論楽しんでいたいのですけれども。
”運動会”をもっと長く続かせたい・・・。楽しむ、楽しまないに関わらず。楽しんでいこうなんていうゆとりはない。”運動会”をもっと長く続かせたい・・・。 でも必ず終わってしまう。
そんな1度の私の”運動会”も後10000日くらいしかないのだな、と先日誕生日を迎えて、とりとめもなく思いました。
イメージ
私たちはたくさんの情報によってイメージが作られていますね。
現代社会では情報がありすぎてイメージが複雑になりすぎでぼやけてしまうことがあります。
たとえば地球というイメージ。
小学校のころは地球はボールのような球であると習います。中学くらいになると極までの半径と赤道までの半径が違っていることを教えられ、みかんのような”球”を思い浮かべます。
ところが実際の半径は地球の大きさからするとほとんど無視できるので、やはり球であると考えます。
海というイメージ。
地球表面の7割以上が海です。地球は水の惑星だなと思う。世界初の宇宙飛行士ガガーリンが最初に地球を見たとき”地球は青かった”といいました。それ以来私たちは地球は海の星:水の豊富な星だと思っています。
ところが海の深さ(最大深度で約10km)は地球の大きさ(半径約6400km)からするとほとんど無視できるほどの深さです。イメージしやすくすると約13cmの直径を持つ球に対して0.1mmの厚さに相当します。つまり地球の表面にわずかに張り付いている金箔程度のものなのです。
私たちのイメージというのはわかっているようでいて、真実とは程遠い状況が情報によっていくらでも作り出されるというとことなのだと思います。
医学会総会
先週末に大阪で医学会総会があり、すこし参加してまいりました。
医学と医療というのは混同されて使われているように思えます。医学は学問で、医療は実践です。
医学や医療がまだプリミティブであったころは医学の進歩は医療の問題解決にすぐに役立ちました。
しかし進歩とともに複雑化する状況は医学の応用が医療の場で生かされるのにかなりな時間を要するようになりました。
再生医学や遺伝子治療などはまだまだ学問の領域で、可能性は大きいのですが、現実的な医療の分野で使えるようになるに年月を要するでしょう。
一方の医療の現実は待ったなしです。介護の問題、医療費の問題、リスクマネージメントなどなど・・・。解決できない問題が山積みです。ここに学問の視点をあたえても困難が伴います。
医学の進歩と医療の現実とが乖離してきている状況とどう向き合っていくか。医療現場にいる私にも即答できる答えはありません。複雑でしかも有限な状況が私たちに進歩一辺倒からだけではない視点を要求されているのだと思います。
一時パラダイムシフトという言葉がもてはやされました。当時の意味は価値の転換が輝かしい未来を同様に約束するだろうというものであったと思います。
「坂の上の雲」という司馬遼太郎さんの小説がありますが、坂を上って手を伸ばせば雲に手がとどくかもしれないと思っていた時代から、随分と時間がたったなあと思った次第です。
ED
当クリニックにはEDの方々がたくさんお見えになります。ED改善薬はすばらしい薬だからです。男性にっては深刻な問題だったのですが、お薬のおかげで明るくなられた方のお話を良く聞きます。保険診療ではなく自由診療です。とはいいえ、日本の薬事法にのっとらなければなりません。
中にはいまだに恥ずかしがりながらいらっしゃる方も見受けられます。当クリニックは普通のクリニックで電気も明かりも普通どおりです。受付も女性スタッフですが、1日に何十人もお見えになるので気にかけた様子はありません。
お薬はすばらしいのですが、”万能”ではありません。食後や飲酒後は効き目が弱くなります。胃腸の血管が拡張したり、全身の血管が拡張したりして、局所に集めるべき血液がなくなるからです。薬が悪いわけではなく、生体の反応だからです。
新入生
新年度の始まりはいつ見てもいいものですね。フレッシュです。医局ではフレッシュマン(女性が多いにもかかわらず)といっていました。
先日私どもの大御所が学生との同窓会でお怒りになった。その時の原因は髪の毛です。最近はNHKでもぼさぼさの髪の毛でアナウンスをする方々がいますが、人前にでるような職業、ましてや脱衣した姿を拝見する職業にぼさぼさの髪とはイッタイどういうことだ!と。
髪の毛にかぎらず服装もですが、身だしなみはきちんとしていたいと思うのは年寄りだからでしょうか。現代ではレア物とか言って、わざわざ切れている服、穴のあいている服などがあり、一方では露出の多い服装だったり。また腰パンとかいってジーパンをちょー下げてはいたり。ファッションかもしれないけれど、なかなかついていけません。
少なくとも私自身はそのような服装を身に着けたりそんな着方することはないでしょう。髪の毛もできるだけそれなりにきちんとしておきたいと思います。髪の毛のあるうちは。
運動、水泳
さて最近は水泳をしています。水泳は週1回くらいなのですが、それで確実に体は締まりました。水泳を始める以前は体重85kg腹囲95cmでした。始めてまだ3ヶ月くらいですが、体重は4kg減り、81kgになりました。これでBMI25です。腹囲は92cmです。
これでもまだメタボリックシンドロームですね。私はメタボッチャンって呼んでいます。
水泳はつらいです。1km泳ぐのですが、クロールができないので平泳ぎです。低速コースの落ちこぼれです。100m泳ぐと最低5分は休む。心臓が強くないのでしょう。普通の脈拍数に戻るのに時間がかかります。本当は根性がなくてそれ以上泳ぐ”努力”をしない怠け者なのでしょう。
私よりもかなり遅い人でも連続で1kmくらい連続で泳ぐ人もいます。もっともその方にあわせると低速コースは超低速になりますが。実は私はその速度についていくのもやっとです。
プールに行くとわかりますが、コースには集団ができるのです。その集団の最後に泳ぎ始めて、50mターンして100mにつくころは集団の先頭になっています。どれくらい遅いかわかると思います。
私の水泳は以下のようです。100m泳いで、
”あぁ、もうやめよう。今日は300mで終わりだ”と思う。5分ー10分休んで、また100m泳ぐ。
”1kmは長いなぁ。今日は300mで終わりだ”と思って休む。また100m泳ぐ。
”きょうはこれで終わるのはちょっともったいない。もう少し泳げそうだ。あと100m泳いで終わろう”、って思って、休んだ後にまた100m泳ぐ。
”400m泳いだからもういいだろう。今日は後100mで終わり”と思って、また100mおよぐ。
”なんだ、500m泳いだじゃないか。もう100mで終わろう”なんて思って、また100m。
”ああ、あと400m泳ぐと1kmだけど、もう100mで終わっちゃおう”と思って、休んだ後に100m。
”あと300mじゃないか。泳げるかも。でも疲れたな。どうしよう”と思って、また100m。
”後200mか、何とかなるか”と思ってまた100m。休む。
”これで最後の100m”と思って、泳いで、やっと合計1km。
”あぁ、およいだな”と。処方時間80分です。
泳いだ後の”虚脱感”なのかよくわかりませんが、なんとなく気持ちよい。疲れているのに。これがやめられなくなるのでしょうか。
水泳は有酸素運動の代表ですが、私にとっては無酸素に限りなく近いと思います。おぼれそうに泳いでいるのでしょうね。
遠泳のクロールを教えてくれる方、いらしたらご連絡ください。
運動 歩行 運転
私は運動オンチです。体育という科目はよい成績であったことがありません。体が硬いせいでしょうか。体格からは考えられないとよく言われます。
では運動しないかというとそうでもない。
よく歩きます。通勤は約50分かけてクリニックに参ります。帰りは途中の誘惑が多すぎるので、電車またはバスです。これは勤務医時代から続けていて、約10年になります。でもなかなかやせませんでした。
最近は東京の色々なところに出かけます。3時間は最低歩きます。街の雰囲気とかわかって楽しいです。散歩の後に”さあ、ビール”とならないようにしています。
車は運転しません。なので車は持っていません。自転車はあります。お酒を飲むので飲酒運転をしないためといっていますが、実際は運転が下手なので、縦列駐車ができないためです。それと事故を起こすのが怖いからです。
先日免許の書き換えに都庁にいきました。”金 優良”です。運転していませんからね。これが優良と言うのも不思議ですが、この金は有料でした。書き換えは。
まだゴルフはやっていません。もうはじめるには遅いように思いますけれど・・・。とはいえ食わず嫌いはいけませんね。人生は1度ですからね。
でも人と競うスポーツは苦手です。
実際のところゴルフは運動(有酸素運動)に分類されていません。ゲームです。
今日はエプリルフールですが、このブログの内容はうそではありません。